~世界から受ける刺激~

2014年11月27日 南アフリカ・プレトリア大学 山﨑峻

はじめに

今回のOne Young World(以下、OYW)に参加して2つ強く感じたことがある。それは、世界中には目を背けたくなるような悲惨な現状が多くあるということ。2つ目は、私個人の力ではそれらの現状を変えることができないということである。OYW中には多くのスピーカーたちが人権や社会的起業などのテーマに沿って講演を行う。また同世代のデリゲーション・スピ―カーたちは、自分の取り組みや経験を紹介する。現状や自分の取り組みなどを紹介していた。しかし正直に述べると、彼らのスピーチや情熱の間には少なからず開きがあった。なぜなら彼らのスピーチが遠く離れた異国で起こっていることに思えてしまったからである。ある国では政府による言論弾圧が行われ毎年何百人ものジャーナリストが殺されている。そして他の国では、多くの子供たちが貧困に苦しみ教育を受けられない状態にある。それらについて頭で理解できても、やるせない気持ちが沸き起こってしまうのであった。

その一方で、このような悲惨な状況と対比し日本や留学中である南アフリカ(以下、南ア)について思うことや感じることが多くあった。OYWによって日本と南アについて改めて深く考えさせられたことは、大きな収穫だった。そして南アでの留学生活を送っている自分にとって、この国の良さや魅力を再認識し自分の可能性を知ることができた。

最初はネガティブの書き出しであったが、今回のOYWに参加できたことに対して本当に感謝の気持ちで一杯である。このイベントは、私の今後の人生を大きな影響を与えることになると思う。さらに、スポンサーとしてご支援を頂いた株式会社エバートロン、そしてと多大なるサポートをしていただいた大久保様には厚く御礼申し上げたい。

このレポートでは主に今回のダブリン大会で感じた2つのことについて述べる。1つ目、この大会を通じて日本という国について考えた出来事について。そして、2つ目に日本と南アのネットワークについてである。そして、私がこの大会で培ったネットワークをどのように使い、活動していくのかについて述べる。

 

日本について思ったこと

OYW中は多くのテーマに即して様々な講演やスピーチが行われる。各国から選出されたデリゲーション・スピーカーやコフィ―・アナン(前国連事務総長)やムハマド・ユヌス(グラミン銀行創始者)といった世界的に著名なゲスト・スピーカーが登壇して講演する。そこでは、未だに世界の中に存在する問題や課題やそれらに対する取り組みについて話すのである。例えば、政府の言論弾圧によって毎年ジャーナリストが命を落としてしまう国についての報告や北朝鮮からの脱北者の経験や政府に対しての訴えかけなど多くの印象的なスピーチがあった。彼らから話される言葉にはリアリティーや迫力があり強く訴えかけるものがあった。そして、このような悲惨な現状にある国が存在することを改めて認識させられた。

一方で、私はそれらの悲惨な国と日本を対比して考えさせられたことがあった。ご存知のように日本にも少子高齢化、国の財務の問題や雇用の問題など数多くの問題や課題に直面している。私は日本には何も問題がなく、全ての人々が幸福であるとは決して思わない。だが現在の日本では、政府を批判しただけで拷問を受けるということは想像しがたい。また何万人もの子供たちが貧困に苦しみ、まともな教育が受けられないということはない。つまり日本の問題や課題は、スピーカー達の国の課題とは違う次元にあると感じた。私は決して日本のある状況がベストであると言っているのではない。素直に現在の日本の状況について誇りに感じたのである。今の日本では、政府から命を狙われる心配がなく国、多くの人々が学校に行くことができるのである。それは、決して世界のスタンダードではないと気付かされた。そして、このような豊かな国を築き上げた祖先たちに多く感謝と誇りの念を持った。

またメディアなどを通じて「日本の若者は情熱がない」との批判を耳にするする。それも事実であるかもしれないが。しかし日本の若者たちが情熱を傾けるまでの悲惨な状況がないということの裏返しなのではないかと思った。さらに日本が世界の問題に対して中立・第三者的に問題に貢献できる方法があると認識した。次に紹介する話は、それについて考えさせられたエピソードを述べる。

学校の授業やメディアなどを通じて日本の政府開発援助(以下、ODA)の話題を目にする。それらは日本のODAによる支援の事例や効果などについてである。日本政府がODAを通じて途上国支援を行っているのは喜ばしいことである。しかし私はアジアの途上国であるミャンマーでも日本のODAが行われているということに対して批判的な意見があった。なぜなら、ミャンマーでは未だに陸軍出身の大統領が政権を率いている。日本政府が完全に民主化が果たされていない国に支援をすることは、ポリシーに反していると思っていた。また企業が経済的な市場を求めて支援・進出するやり方に疑問を抱いていた。しかし、この考え方に大きな変化を与えた出来事があった。それはOYWにミャンマーから唯一参加していた青年との出会いである。私はこの青年と両国の問題について2時間近く議論を交わした。そして、私は率直に日本のミャンマーに対する支援、企業進出について批判的な意見を伝えた。彼からの返答は、その考え方が違っているとハッキリしたものだった。その理由を尋ねると、「日本からの経済支援、特にインフラ支援・建設は多くの市民の生活の向上につながっている。だから非常に感謝されている。私たち市民には、国や政府のポリシーなど関係ない。日本の支援は市民から本当に感謝されている。しっかりと国民に還元されているんだよ。」と熱意をもって語ってくれた。私はこの言葉にとても衝撃を受けたのである。たしかに一国が他国を援助をする上で、その国のポリシーを考慮することは重要なことであると思う。しかし、その援助がその国の市民に貢献することこそが最も大切であると改めて気づかされたのである。そして日本の援助がミャンマー国内で、市民の向上に貢献していることをミャンマー人から伝えられたのである。日本が経済的手段を用いて、途上国の問題に貢献している事実を改めて知ることができた。また、OYWの中でCSRについての講演があり企業活動が社会問題の改善に貢献できる可能性を知った。この議論は援助や社会貢献について改めて考えさせられた出来事であった。

また日本のアジアにおける役割について議論した。彼は「日本はアジア地域のリーダーである」と言ってくれた。私は日本がアジアのリーダーであると意識したことがなかった。しかし彼からは日本がアジア諸国のリーダーであると伝えられた。日本はアジアの中で最も経済発展を遂げている国の一つである。そのため日本が途上国の手本となり東アジア・アジアのリーダーと認識されていると話してくれた。つまり日本はアジアをより良い方向に動かす主導的な役割ができると確信した。彼と議論した時間は数多くあるOYWの出来事中で最も印象的な出来事の一つであった。国際社会で日本は強烈な存在感はない。しかし実は最も影響力のある存在になれる可能があると思った。私にとって他国の人々との議論は新たな気づきが多い。OYWではスピーチ・講演だけでなく、参加者との議論によって刺激を受けることができるのである。

 

日本と南アフリカのネットワーク拡大

私は南アフリカの首都プレトリアで留学生活を送っている。南アは11種類の公用語があり民族や文化が多様である。この国で生活していると新たな発見が沢山ある。日常生活の中で多様な文化や人種と接し、互いの差異を知ることはとても興味深い。

また今回のOYW中は多くの南ア代表団と触れ合う機会があった。そこで、新たなネットワークを南ア・日本で広げることができた。そして南ア人特有の温かさや親しみやすさを再認識することができた。

私はそれによってこの国がさらに好きになった。また、今回のOYWによって南アで留学生活を送る私にとって大きな可能性を知ることができた。次にこの事柄について紹介する。

OYWには述べ100か国以上の国・地域の人びとが一堂に会する。そのため、私にとって各国のキャラクターや特徴を比べることができる環境である。特に南ア人と他国の人々を比較することができたのはとても興味深かった。

私の目標は日本と南ア・アフリカの懸け橋にあることである。そのためOYW中は南アデリゲートと日本人をつなげたいと思っていた。南アの人々は他国と比べとフレンドリーで親しみやすい。そのため私はそれを日本のメンバーに伝え、交流を図ってもらえるように促した。するとOYWの2日目の夜に日本デリゲートの数十名と南アデリゲート2名で飲み会を開催することができた(上の写真)。他者から見れば、大した出来事ではないかもしれない。しかし、私にとってはこの上なくうれしい出来事であった。南ア人と日本人が同席し楽しそうに語り合っている姿に感激した。このような場を通じてお互いに親しみを感じてくれたのなら非常に嬉しいことである。そしてこの出来事によって、私は南ア人と日本をつなげる強みがあると感じた。

そして、さらに自分にできることは何かと考えた。私は来年のバンコク大会では南アデリゲーションと日本デリゲーションの関係をより密にしたいと思っている。それによって、互いに新しいアイディアや経験を共有し合ってより良い世界を築くことに貢献したいのである。イベントの4日間という限られた時間で、国と国の交流が深まることができれば互いにとってOYWがより有意義なものとなると確信している。

私は南アやアフリカに携わる仕事がしたい。留学中は多くのネットワークを構築していき目標に近づいていきたいのである。ここで得たものは、今後の自分の目標につながるものであった。

またOYWから1か月後、参加者の事後フォーラムが南アのヨハネスブルグで開催された。私は南ア在住ということで、このフォーラムに参加することができた。このフォーラムでは、歴代OYW参加のネットワーキング作りやソーシャル・アントプレナーシップ(社会的企業)についてのディスションが主として行われた。4日間のという限られたOYWの時間では、様々な参加者と交流するのが難しかった。しかしこのフォーラムで多くの参加者とコミュニケーションを図ることができ非常に有意義であった。

このイベントは、今後の様々な活動をする上でとても貴重な機会となった。またこのイベントの参加者で唯一の外国人ということで、ディスカッション中は外部からの視点を意識して臨んだ。私は彼らに日本での社会的起業の状況や歴史について話をすることができた。南アには依然として貧富・教育の格差や国民の25%以上の失業率など多くの問題が山積されている。特に貧困はアパルトイト時代の影響が色濃く残っており大きな社会問題である。私の住むプレトリアも中心地をから離れると貧困層が暮らすタウンシップ[i]を目にする。

この事後フォーラムは、同世代の仲間がそれらの問題や現状に目を向け社会を改善していきたいという人が集まった。私は彼らの活動や情熱から多くの刺激を受けた。そして外国人である私にも積極的にコミュニケーションを図り多くのことを学ぼうとする姿勢に驚かされた。OYW後も国内外問わず素晴らしい仲間とつながりを持つことができたことは人生の財産である。

 

まとめ

このダブリン大会を通じて本当に素晴らしい経験とネットワークを得ることができた。そして今回は自分なりに目標を持ち行動することができた。その目標は南アと日本をつなげるということである。今回はそれに少し近づくことができたと思う。アフリカと日本は非常に距離が離れている。そのため互いに親しみを持つことが難しいと思う。だが、このような機会を通じて両国が少しでもつながってくれて本当に嬉しかった。また、OYWの4日間で同世代の世界の若者たちと議論し多くの刺激を受けた。そこで彼らの情熱に触れ「自分に何ができるのか?」ということをより深く考えるようになった。今後も日本と南ア・アフリカの懸け橋となるという目標を胸に活動していく。また日本デリゲーション内でも多くの素晴らしい出会いがあり刺激を受けた。毎晩遅くまで語り合った時間は本当に貴重であった。この関係を継続し、日本でもOYWのネットワークを拡大させていきたい。

今回のOYWは新たな発見や気づきがあり大変有意義であった。日常生活の中で、世界で起きている問題を真剣に考えることは難しい。あのようなインターナショナル場で世界の問題について議論をすることは刺激的であった。またあのような場では、普段とは異なる視点で物事をとらえることができるのである。そのため、新たな知識や興味を持つことができた。

今回のレクチャーではCooperate Social Responsibility (以下、CSR)という観点に大変興味を抱いた。そのため、自主的に日本企業と南ア企業のCSR活動についてリサーチしている。日本経済・CSR活動を通じてアフリカ地域の成長に貢献できないかを探っている。

この大変貴重で素晴らしい経験を多くの人に知ってもらいたい。そのため、OYWアンバサダーとして日本でさらにOYWのネットワークを強くなるように活動していきたい。OYWから時が経って改めて考えたことがある。それは一人の力で世界中の無数に存在する問題・課題について取り組むのは不可能である。しかしこのような場で培ったつながりを利用することで解決への道筋が少しずつ見えてくるということである。 私のできることは南アと日本をいかに結びつけて、よりよい世界を作るということである。私にとって真のOYWはこれから始まるのである。

[i] タウンシップ:アパルトヘイト時代の黒人居住地区のこと。現在でも黒人が多く住む地区で、依然として貧困層が多い地区である。

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